「ボヘミアン・ラプソディ」

ここ数年は仕事関係の事しかここに書くことはないのですが、たまにはいいかな?と思って
ちょっとプライベートなことを書いてみようと思います。(田中)



11月9日(金)映画「ボヘミアン・ラプソディ」公開の日、私は朝からそわそわしていました。
仕事が夕方までに片付けば観に行こうとは思っていたのだけど、映画を観るくらいでどうしてここまで興奮しているのか...?
自分でもおかしかったのですが、それはちょっと14歳の頃の気持ちに戻っていたからかもしれません。


中学生の頃、ロックバンドQUEENに夢中だった時期がありました。月々のお小遣いもお年玉も全てレコードやQUEENが掲載されているロック雑誌(特に『ミュージック・ライフ』)に遣い、その頃の私にとって、QUEENが全てでした。
4枚目のアルバム『オペラ座の夜』がリリースされ「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒットした1976年、QUEEN2度目の来日公演を知りました。
福岡公演は福岡市九電記念体育館で3月26日(金)18時から。


当然、絶対に行きたい!!私は母に懇願しました。
でも、毎日学校から帰るとすぐにステレオの前に座りヘッドフォンをつけ(ヘッドフォンをつけないとウルサイ!!と怒られるので)レコードばかり聴いていた私を良く思っていなかった母が、ロックコンサートなど行かせてくれるはずもなく、それに当時中学生の私が一人で九電記念体育館まで行くのは無理がありました。
私の家は佐賀県のド田舎。佐賀市までローカル線で40分、更に佐賀から博多まで1時間以上。
また博多駅からどうやって会場まで行くのかさえ知りませんでした。行けたとしても、18時からのコンサートが終わって家に帰るにはかなり夜も遅くなってしまう。
悲しいけど諦めるしかなく...。そして福岡公演当日の朝になりました。


学校はもう春休みに入っていたのでゆっくり朝ごはんを食べていると、母が「今日は天神に買い物に行くからついてくるね?」と聞いてきました。
母はQUEENのコンサートが今日だということを絶対に忘れている!!
「私もいく!!」と即答。3歳年上の兄も一緒に三人で天神に行くことになりました。

天神に着いてすぐ、お昼ご飯を食べようということになり商店街を歩いていると、レコード屋さんの店頭に貼ってあるQUEEN来日公演のポスターが目に止まりました。
「行きたかったな...」と恨めしげにポスターを見直したその時、「昼の部=14:00~」とあるのを見つけたのです。

「お母さん!!昼の部がある。夜じゃない。14時からある!!行かせてーーー」
多分、中学生とは思えない駄々のこね方をしたと思います。レコード屋さんの店頭で懇願する私に兄が助け舟を出してくれました。「僕が着いていくから」と。
兄は以前ミッシェル・ポルナレフのコンサートを同じく九電記念体育館に観に行ったことがあったので、兄についていけば間違いありません。
とうとう母も根負けして「勝手にしなさい」とチケット代と帰りの電車代を兄に渡してくれました。


母の気が変わらないうちに、兄と私はお昼ご飯も食べず急いで九電記念体育館へ向かいました。
会場に到着し当日券を2枚買ってから兄が体育館の横に行こうと言います。リハーサルの音が聞こえるからと。
壁に耳を当ててみて、聞こえたような聞こえなかったような...。そこのところはあまり記憶がありません。
時間になって会場に入ると、ポスターやパンフレットが売っていてそれを買う人たちで混雑していました。
アイスクリームも売ってたけど、アイスボックスの中のアイスクリームが全て「クイーンカップ」だったのは笑えました。シャレだったのか?(当時、明治乳業から発売されていたアイスクリームでQUEENとは全く関係ありません)
私はお金を持ってなかったのでパンフレットは買えなかったけど、兄がポスターを買ってくれました。コンサートのステージ上の写真でメンバーの顔はほとんど写っていなくて、あまり良いポスターではなかったけど、それでも嬉しかった。

私たちの席は舞台上手側2階の後ろの席でしたが割と空席があったように思います。
兄が「照明が消えたら前に行くぞ」というので、暗くなるとすぐ席を立ち、一番前まで走って行って通路に膝をつき手すりにしがみつくようにして始まるのを待ちました。

白いスクリーンにフレディーマーキュリーのシルエットが映し出され、ボヘミアン・ラプソディのオペラパートからコンサートは始まりました。
私にとっては初めてのロックコンサート。覚えているのは音量の凄さ。
ロジャー・テイラーの金髪が雑誌の写真で見るより明るい色だったこと。ジョン・ディーコンが演奏中親指を時々舐めながらベースを弾いていたこと。
コンサートが終わって帰りの電車に乗るってからも、耳がモワ〜とした感覚がしばらく治らなかったを覚えています。
これが私のQUEENコンサートの思い出です。


こんなに熱狂的なファンだったはずなのに、その時期は意外に短く5枚目のアルバム『華麗なるレース』以降はレコードを買うのもやめてしまい、以降プログレ系のロックに興味が移ってしまいました。
1991年フレディー・マーキュリーが亡くなったことをニュースで知った時、不思議な寂しさがありました。もう随分QUEENなど聴いていなかったけど、私の音楽漬けの生活はQUEENがきっかけだったことは間違いなくて、聴く音楽は変わってもそれは今も続いているのです。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」素晴らしかったです。エンドロールが終わるまで席を立てませんでした。ただ...最後はやっぱり「GOD SAVE THE QUEEN」でシメてほしかったなと思ったのは、私だけかな?